春が終わる前に。

「 忘れやしないさ いつかの青春を 」

1億分の16分の1の君に出逢えた奇跡。


正門担になって200日目の夜です、こんばんは。笑

正門くんの担当になると決めたあの日から、気づけば半年以上が経ちました。
担当になったあの日から、目まぐるしく世界が回り始め、色んな出来事があったので、本当にあっという間、けど濃い200日間でした。そうか、まだ200日しか経ってないんか。



ユニット結成やら何やらでざわついてる関西担界隈ですが、とりあえず今日はTwitterでの宣言通り、私が正門担になった経緯をはてなにまとめておこうと思います。空気読めなくてごめん。笑



経緯をまとめようと思ったきっかけは、ある日届いたマシュマロ。

「Azukiさんはいつから正門くんのファンですか?」

答えるのも恥ずかしいくらい浅い歴を公表した後、「担当に至った経緯は割愛したのですが、興味あればマシュマロください」と言ったら、ご丁寧に「正門くんに興味を持ったきっかけや担当になった経緯をお聞きしたいです」とマシュマロくださる方いらっしゃいました。
こんないちおたくのつまらないお話にお付き合いいただいて、本当にありがとうございます。笑

そういえば、アカウントを遡っても、私、正門担になった日にそのこと呟いてないなぁと思って。
というわけで、自分の備忘録も兼ねて、正門くんに堕ちた経緯を残しておこうと思いました。

興味があればどうぞ。笑 初めて前向きな内容のはてブロ書けますね、良かった。笑
書くって言ってから、1ヶ月以上経ってる件は見逃してください……。
(仕事が出来ない人間ってバレましたね。笑)





「なぁ、クリパ行かへん?」

2017年12月。妹のこの一言が全ての始まりでした。

「今の関西、特に兄組をお姉ちゃんに見てほしい」
という唐突な誘いでした。

自担の現場以外には足を運ばない、運ぶとしてもめちゃくちゃ定価割れしてる現場(勿論会場も関西に限る)のみ主義な私。当然、それらを理由に最初は断りました。

しかし、今まで何かと妹の好きなデビュー組のコンサートやら誘われたことはあるけど、全部断って、その度にすんなり折れてくれてた妹が、このときばかりは折れてくれませんでした。

妹「行こうや~楽しいって」
私「嫌。何で興味ない現場、行かなあかんねん」
妹「んー、じゃあ5000円で良いから」
私「何でそんな連れていきたがるん(笑)」
妹「自分でも何でチケ代負担してまで興味ない人連れていきたいんか分からんけど(笑)」

普通に定価でもなかなかそう容易く入れる現場じゃないのに、定価未満でもいいからという妹。それでも嫌がる私。笑

そんなやり取りを繰り返してたんですが、気づけば丸め込まれ、2017年12月13日、私は松竹座の前に立っていました。
……あれ、こんなはずでは。笑



しかし、公演当日、客席についてからもずっとブツブツ文句言ってました。

「何でこんな関西とか興味ないのに……」
「誰見たらええの……」
「曲もよぉ知らんし……」

よく誰にも刺されなかったですね、私。笑
今の私だったら殺意抱きます、じゃあチケ寄越せよって。本当に申し訳ない。



とか言いつつ、一応、メインだったら龍太くん、Funkyだったら朝田くん、バンドだったら正門くん見ようかなぁ~くらいには思ってました。
妹に普段からダイマされまくってたので、兄組の出演メンバーくらいは私でも全員知ってました。

龍太くんのことは普段から何気にオモロイオモロイと言ってたし、朝田くんはジャム魂で見た時にめちゃくちゃ顔が綺麗だった印象が強かったので、メインとして動くところを見てみたかった。

そんな中で正門くんの名前を挙げたことは、妹にとっても意外やったみたいで。
別に大きな理由はなかった。なんとなーくバンド組ならこの人見とこ、くらいの軽いノリ。
それくらいぼんやり考えてました、幕が開くまでは。



『BIG GAME』から始まった兄組クリパ。
始まってすぐ、衝撃の出逢いをしました。

自己紹介でポンッとステージに上がった3人のうちの1人。
彼にすぐ目を惹かれました。
所謂、一目惚れってこんな感じなんかな。
ビビビ、と体に衝撃が走ったような気分になったこと、今でも覚えてます。
大袈裟な表現かもしれませんが。笑
そこからは、もう、ずーっと彼を目で追ってた。



そう、その彼こそが『正門良規くん』です。



今でこそ声が好きとか、ダンスが上手いわけじゃないけど目を引くとか言うけど、目を惹かれた瞬間は、ただそこにいただけなんですよ。
何も喋ったわけじゃないし、ダンスを見たわけでもない。
ただ、その姿を見た瞬間、何かが私の中に引っ掛かって、一気に心を奪われました。
何が引っ掛かったかは、いまだに分からない。
けど、全細胞が、全神経が、彼を見ろ、目を反らすな、と言ってるんじゃないかと錯覚するほどに、彼から全く目を離せなくなりました。
最初に見ようと決めてた龍太くんも朝田くんも一切見なかった。



手に持っていたメモ帳に書き殴られた文字があります。
どれくらい自力で分かるかな、ってセトリをメモする欄を作っていたのに、そこに曲名書くよりも先に、いの1番に「正門くんかっこいい」って書いてた。
興奮した手で隣の妹の肩をバシバシ叩いて伝えた。(迷惑)
あんなに興味なさげにしていた私はどこへやら。笑



パズル前に西畑くんにお母さんの名前言われて苦笑いしていた表情も、パズルでピック咥えながら指弾きでギターやったてたのも、neverで0番に立った瞬間も、WISHや轟で周りとわちゃわちゃしてたのも、全部トキメいた。
(もんびばが最後に恋人繋ぎしてたのもしっかり見ました)



『松竹座にお邪魔しました。推しが出来ました』

終演後、Azukiとは別のアカウントで、その旨を呟けば、まぁ関西担や関西推しの友達からリプが飛んで来る飛んで来る。笑
さらにそれが正門くんやと言えば、「正門なの!?あずちゃんなら絶対バンド組ハマると思ってた、関西沼へようこそ!!」「正門は沼深そう、関西沼へいらっしゃい(笑)」って言われました。え、何、怖い。笑
(今ならわかる、周りがちょっとでも関西に興味を示したら全力で引きずり込みたくなる。笑)



絶対にハマるはずない、関西担なんて嫌い、絶対相容れない(色々ありまして関西担が大の苦手でした)、関西担になんてならない。

そう決意していた私の頑な心をいとも簡単に壊した彼との出逢いでした。
2017年12月13日水曜日、関西ジャニーズJr. X'mas SHOW 2017@大阪松竹座 でのこと。





さて、ものの見事に私を関西沼へと踏み込ませた妹が、追い討ちを掛けるような一言を放ちました。

「クリパ弟組、16日チケットあるけど行く?」

えっ……いや待て、冷静になれ、私。いくら楽しかったって、そんな軽率に行ってはいけない。

私「……って、その日らぶ湾岸やし、行かんわ(怒)」
妹「ちぇっ、萩谷め(笑)」
私「てか被ってなくても行かんわ(怒)軽率に誘うな(怒)」



ところが摩訶不思議。その数日後の12月21日、私は何で松竹座にいたんです??

流石に弟組は分からない子が多すぎたんですよ。メインの子とあと数人程度しか。
曲も演者もよく分からんのに、行って楽しめるのか??
答えは多分No、100%楽しめる自信はなかった。
あとあんまりフレッシュ過ぎる子に興味がない。
それなのに、何故か松竹座に気づいたらいました。世にも奇妙な物語。笑

あんまり言ったら失礼かもしれないんですけど、その日超定価割れしてたんですよね。
で、この額でチビの保護者してる正門くん見れるなら入るしかなくない?って、気づいたら、チケット手にしてました。笑



ファンレターを書きました。萩谷くん以外に書いたの、初めてだった。
どういうテンションで書いたら良いか分からないまま、とりあえずペンの赴くままに書いたら、あっという間に2枚になってた。
ちなみに2枚と言っても、普通の便箋じゃなくて、真っ白な紙を自分でデコレーションして手紙にして書いたから、字数は多い。多分今ほどじゃないけど。1枚800字くらいかな。

気付いたら、グッズも買ってました。
正門くん小島くん佐野くんのバンド組のフォトセット。それから、チケットファイル。
チケットファイルに至っては、しれっと2枚買ってた。笑

ペンライトは勿論紫に照らして。
服もちゃっかり紫着て行きました。首には安田担時代に使ってたギター柄のネックレス。
完全に見た目から入るタイプのおたく。笑



弟組もあっという間で、斗亜くんにデレる正門くんとか、こじまさやがやるネタに崩れ落ちて笑う正門くんとか、可愛いな~って見てる間に終わりました。

あぁ、『Love Criminal』の話します??
「重なる唇に~」のところで親指で唇拭った後、もう一回唇拭い返す正門くん、色っぽすぎて、私の呼吸が止まった話ですよね??←
『アンダルシアに誘われて』も流石唯一の成人アイドル……!!と思うほどに、断トツに色気とアダルト加減が醸し出されてて、これまた頭抱えました。しんどいの極み。あとソロパート激アツやった。歌声こんなんなんやぁ、と。
『アイシテル』のもんビバも善きでした。まいジャニでも少クラでもやってくれへんの、多分一生根に持ち続けます。笑



まぁそんなこんなで2017年冬、正門くんに出逢いました。





年が明けて、2018年。

あけおめは行かなかった。行けなかった、が正しい。
バンドのカウントダウンコンサートで休み取得したら、当然のように1/3と1/4、仕事でした。笑
多分もうちょい早い段階で正門くん好きになってたら、休み取得してたかもです。
缶バッジは妹に買ってきてもらいました。
「缶バッジなんて要らん……」と思いつつ、ビジュの良さに購入。おたくちょろい。笑

春松竹は当たり前のように申し込んだし、2月のとれ関もきっちりリアルタイムで聴きました。関西圏内やのに、自宅の電波悪すぎて普通に聴けないので、プレミアムradiko即取りました。笑

雑誌もまいジャニも追って、当然、昔のラジオ、雑誌、テレビも見返して。
ジャニショの写真も当然買う。全種類買う。当時自担でもないのに当たり前みたいに全種類買ってた。自担以外の写真は一切買わない主義者なのに。笑

あっという間にどっぷりハマりました。





でも正門くんが気になり始めて数ヶ月、正門くんに沸いては周りに「正門担www」と弄られ、その度に「いや、担当じゃないわwww」ってやり取りが安定で。
ずっと"推し"という形を取っていました。担当に限りなく近い"推し"。
それは当時たった1人の担当だった萩谷慧悟くん』の存在があったからです。

私の中でどこか萩谷くんと正門くんに対する気持ちの違いがあって、だから正門くんは担当じゃない、と言ってきました。どれだけ正門くんに沸いてても、萩谷くんに対する感情は変わらんし、でもじゃあ掛け持ちになるか?ってなる時に、萩谷くんへの感情に値する、もしくはそれ以上のものがないと、掛け持ちは無理やなって思いました。
あくまでこれは私の基準ですが。

でも萩谷くんと正門くんに対する感情の違いは何か、ずっと分からんくて、時折もう担当制度投げたくなるくらい悩んだりもして。笑





あれこれしてるうちに3月になり、再び松竹座での公演がスタートしました。

初日の前にまたいつものように友人達から正門担だの何だの弄られ、「いやでも春松竹で正門担になるんやろ?」「ならんわw」というお決まりのやりとりをして。

ファンレターにも書いた。「めっちゃ失礼やと思いますけど、私は正門くんの所謂"担当"じゃないんですけど、周りに煽られてて……」って。ほんまに失礼な奴やな。笑

「これで千秋楽までに担当になりました、とか言ったら、笑ってやってください」
とまで書いた。



結論から言うと、その3週間後に「担当になりました」って降伏宣言書きました。 正門くん、笑いました?





春松竹初日が終わった時点では担当になる気は起きませんでした。いや、微塵もそんな気にはならんかったって言ったら全くの嘘になるけど。踏みとどまれた、が正解かな。

でも初日を終えて担当にならなければ、もう担当に昇格することはないなと思いました。



ところが、その後も何度か松竹座に足を運んでいたある日、ふと思いました。



「これからの正門くんの姿を追って、夢を叶えていく瞬間を見届けたい、応援したい」



正門くんを気になり出したあの冬から3ヶ月、色んな正門くんを見て、色んなことを考えて。ふと芽生えた感情―――探していた感情はこれでした。
この感情を正門くんに対して抱いた瞬間、「正門担になりたい」と、初めて強く思えるようになりました。



1番影響が大きかったのはきっと『Happy』の存在。
アンコール、幕が開いて立っていたのは、メインで所謂兄組にあたる西畑くん、向井くん、室くん、加えて、小島くん、そしてギターを持つ正門くん。曲が進むにつれて弟組や他のメンバーも出てくるけど、冒頭に立っていたのは、たったの5人。その中に含まれていた正門くん。
「関西の新曲が出来ました~!」という西畑くんの挨拶の後に始まったその曲は、正門くんが奏でるアコースティックギターの音色に乗せて披露されました。途中には正門くんのソロパートもあって。しかも、Bメロからサビにかかるパートが正門くんのパートで。

すごいと思った。だってこれは彼がずっと磨き続けたギターの腕前で勝ち取ったものだと思ったから。かっこいい。

人数の多い関西ジュニアの中で、オリジナル曲のソロパートを貰えることってそう容易くないはず。基本はメインの子ばかりで、他の子たちは大体2~3人とかでパートを歌うから。
ギターがなければソロパートが与えられたか分からない。彼の努力でチャンスを掴んだ瞬間、そう思いながら毎回『Happy』を見ていました。

5日以降は毎日幕が開いたら0番に正門くんが立っていて、それも震えました。ほんの一瞬とかじゃない、1番の間ずっと、センターに立っているのは西畑くんでもなく、向井くんでもなく、正門くんなのが誇らしかった。

その姿を見て、「こんな風にひとつずつチャンスを掴んでいく瞬間を見届けたい、そして喜びたい、彼の担当として」、そう思わされたのが、正門担になったきっかけでした。



本当は自分的千秋楽より少し前に思ったけれど、きっちり担当初日として、公演を見届けたかったから。2018年3月21日、私は正門担になることを決めました





それから200日。
色んなことがありました。

滝沢歌舞伎に突然選抜されたり、レギュラーラジオが決まったり、少年たちでは再びオリジナル曲が出来てソロパートが与えられたり。
秋には梅芸での関ジュ単独コンサート、冬の松竹座での公演も発表されて。
毎日毎日本当に楽しい。



勿論、楽しいだけでは過ごせなかったけど。
直近の話題でいうと、突然のユニット結成。
ド新規のくせに色んな感情が込み上げてきて、凹んだり、勝手な心配もしたけど、それでも、結局正門くんが好きという感情に落ち着きました。(安定)
これからも彼が輝けるように応援し続けるのみだ~!!



「応援していて良かったと思えるアイドルになれるように頑張ります」
っていつも正門くんが日誌の最後に書いてくれる言葉。

私は貴方の応援が出来て毎日楽しいです。幸せやで。
あの日、君の担当になることを決めて本当に良かった。
これからもよろしくね。
ありきたりな言葉しか言えなくてごめんな、好きやで。



ろっくんろーーーる🔥🎸
(終わり方が分からないのでこれにて強制終了します、ご清聴ありがとうございました!!)





p.s.完全なる余談。

私は普段公演のメモに自担以外のことは書かず、MC以外でパフォーマンス中に◯◯くんがこんな動きしてた~みたいなことは自担と関わらない限り滅多にメモしません。
ましてや、◯◯くんがかっこいい、◯◯くんが可愛い、みたいな感想は自担以外絶対書かない。

ところが。

2017年5月3日、ジャニーズJr.祭り@大阪城ホール

勿論萩谷くん目当てで入った公演で、ずっと萩谷くんばかり追ってたこの公演、ほんの一瞬だけど、たった1人私の心に爪痕を遺した人がいました。

こんなこと書いてたなんて、正直最近まで気付いてなかったよ。笑



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君の担当になったのは、必然だったのかもね。